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長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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2020年8月2日



太陽は照りつくものの、幾分弱いように思った8月2日。
今度は『一粒の麦』上映会のチラシ、ポスターが送られてきたので、
平潟神社近くのお世話になってる方へご紹介。
当然、平潟神社に赴いて、
この境内の防空壕で亡くなった長岡空襲の犠牲者に思いを馳せ合掌。

そして例年なら信濃川河川敷に向けてごった返してる8月2日の大手通りが、
いつもの閑散(失礼)とした人通りを目にして、
やはり今夏はいつもと違うんだと強く認識をしました。
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サメと白菊



8月1日。
『おかあさんの被爆ピアノ』ポスター無くなってもチラシはあるので、
この日は越路の交流ルーム千の森へ。
マスターは被爆ピアノコンサートでピアノの先生とセッションでフルートを奏でたのでご紹介に。
久しぶりにお会いしたら、喜んで迎えていただいたことと、
相変わらず賑やかに人が出入りしているんでチラシをご紹介できました。

その後に、この日はサービスデーなんでT・ジョイ長岡へ。
観たい映画が何本かあった中で夏はやっぱりサメだということで『海底47m 古代マヤの死の迷宮』を。

邦題から海洋アドベンチャーに思えますが、これが最近ハズレないサメ映画の新作。
オープニングタイトルはマヤ文明の海底遺跡を紹介した後にとても不思議で幻想的なショットが。
すぐ後にいじめられっ娘の女子高生ががプールに突き落とされたシーンで
プールの底からスローモーションで撮ってたと知り、これはなかなか凝った映画だと。
その後、いじめっ娘でなくいじめられっ娘の方が人食いザメに襲われ散々酷い目に遭うのが、
なかなか意地悪く思い、次第に無謀な女子高生4人組を容赦なく襲う盲目サメがホンキで怖くなってしまい、
観たことを後悔するほどでした。

お父さん、あんなにサメがウジャウジャいるのに無防備ではないか?とか、
どうせならあの船が沈没してしまえばもっと面白くなるのに、とかヒドイことを思ったりしましたが、
真っ暗な海底シーンが多いので、これはスクリーンで観るべき映画で十分元は取れました。
あとスタローンの娘さんがなかなか色っぽくてイイものの、
『クリフハンガー』プラス『蜘蛛の糸』という複雑なシチュエーションをこなしてたのは、ちょっと笑いました。
その後、こちらもヒドイ目に遭っちゃいますが。

そしてこの日の75年前は長岡空襲、米軍機が街全体に焼夷弾を落とした日。
慰霊の花火 白菊が打ちあがるので大手大橋で待機。
今夏は映画もテレビも戦争を題材にした作品が少なくなったようで
改めて『おかあさんの被爆ピアノ』の意義は大きいと思い、
お月様の光でまぶしい夜空、22時30分に打ちあがった白菊三連発ははかなくてとても美しかったです。

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世界のDJは監督アラン・パーカーが亡くなって、、、



『恋する惑星』でフェイ・ウォンが働くお惣菜屋さんの店名は「Midnight Express」
ウォン・カーウァイ監督が勝手につけた名ではなく、
当時は香港の六本木と呼ばれてた蘭桂坊に実際にあったお店をたぶんきちんと許可取って撮影したハズですが、
オーナーはなぜ「Midnight Express」などと“脱獄”を意味する隠語をつけたのか?
あの映画を観てつけたなら、なおのこと?を覚えたりしますが、
そのおっぱいで世の男どもを泣かせてしまった『ミッドナイト・エクスプレス』を撮ったアラン・パーカー監督が
今朝目覚めたら昨日に亡くなったと知りました。

『ミッドナイト・エクスプレス』『バーディ』『ミシシッピー・バーニング』『愛と哀しみの旅路』『エビータ』『アンジェラの灰』『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』と硬派な映画を多く手掛けながらも社会派の枠に収まらずにいるのは、
その一方で『ダウンタウン物語』『フェーム』『ピンク・フロイド ザ・ウォール』、そして『ザ・コミットメンツ』と音楽映画の傑作も多数手がけており、巨匠と言うよりも職人的な名匠という印象を覚えたりします。
ともかくハズレが余りない。
さらにフィルモグラフィーにはオカルトとハードボイルドを融合した『エンゼル・ハート』があって、
当時のミッキー・ローク人気で日本で一番ヒットしたアラン・パーカー映画のように思います。ちがってたらスミマセン。

担当者もアラン・パーカーの名を覚えたのが劇場で観た『エンゼル・ハート』という世代ですが、
やはり一番好きな映画が『ザ・コミットメンツ』になります。
アイルランドのダブリンを舞台にソウルバンドを結成した若者たちが成功まであと一歩というとこまで行きながら
キャラはバラバラなもののメンバーそれぞれ気性の激しさが仇になって崩壊、
ほろ苦さを味わいながらも、それ以上にバンドやってるメンバーの熱い熱情にすっかり打ちのめされ、
劇中で歌われるソウルミュージックの名曲の数々にすっかりハマってサントラCDを購入、
一時期毎日聴いて映画と重ねておりました。
たぶん、死ぬ間際に生涯の我が映画ベストテンなんてのを決めてたら何位かわからずとも、
ベストテン入り確実の1本です。

画像はTLに流れてきたものを拝借。
劇中、ザ・コミットメンツのアー写を撮影するシーンの撮影前なのか後なのか
アラン・パーカー監督が真ん中に収まっての記念写真。
この写真を見て改めて映画を思い出して驚嘆するのは、
納まってる12人のザ・コミットメンツのメンバー面々を二時間の映画の中でキャラ分けし、
きちんと各々の像がくっきりしながら群像劇として大成功していること。
これだけでもアラン・パーカーの手腕が並では決してないことを思い知らされます。

そしてマネージャーが「迫害されてきたアイルランド人はヨーロッパの黒人だ」を口癖にして、
ソウルバンド結成に勤しむのですが、
アラン・パーカーの映画はこの言葉通り一貫してマイノリティの側に立った映画だと思い知らされました。
ただ今回の訃報で『シュート・ザ・ムーン』って映画があったことを知りましたが、
エゴサしても誰もこの映画が良かったと呟いてないので、これもそうなのかと気になりますが。

76歳で闘病のはてに亡くなったようで遺作が59歳の時の『ライフ・オブ・ザ・デビッド・ゲイル』
どうも晩年のインタビューでは筆を折ったのは病気よりも、
映画を撮るエネルギーは若さが重要と考えていたようで、
多くの監督が精力的に撮ってる60代にあの才能が枯渇するとは思えず、
とても勿体ない気がしながらも、
確かに多くの傑作で映画の面白さを教えてくれた監督でもあったので、この場を借りてお礼を。

ところでアラン・パーカーの映画は紛れもなく世界中の共通言語でもあったので、
ネット記事で見出しに挙げてた代表作はやはり『ミッドナイト・エクスプレス』が多かったように思いますが
本日、訃報を伝えた世界中のラジオ番組のDJは追悼としてどの曲を流していたのか気になります。

僭越ながら担当者なら『ザ・コミットメンツ』から「Try A Little Tenderness 」になり、
何しろ音楽に力を注いでた監督でもあるので『エビータ』からマドンナの「Don't Cry For Me Argentina」
アイリーン・キャラの主題歌「FAME」、それともピンク・フロイド『ザ・ウォール』から1曲、
サントラで言えば『ダウンタウン物語』はポール・ウィリアムス、『ミッドナイト・エクスプレス』はジョルジオ・モロダー、『バーディ』はピーター・ガブリエルと手練れたミュージシャンが担当、
でも日本ではやっぱり『小さな恋のメロディ』からビージーズの「若葉のころ」か「メロディ・フェア」だったのではと。
この作品、アラン・パーカーは監督でなく脚本を担当、
本国、イギリスではコケてしまったものの、日本では大ヒット。
ある世代から以上はビージーズの曲を聴くだけでパブロフの犬状態で映画を思い出し涙が浮かぶと聞きました。
日本人にだけ受けたというのも、ある意味勲章ではないかと思います。
改めて映画監督アラン・パーカーに深い敬意と合掌。

Bee Gees - Melody fair & First of May
https://www.youtube.com/watch?v=Bggb1DxxRJI

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ちょっとオフサイド 「大林版 禁じられた遊び」



大変、お世話になった岡村毎日新聞元長岡支局長がブログを始めたので読んでくれと連絡が届きました。

『冬のアルパカ』を観た方なら取り立て屋のボスで通るかと思いますが、
どのような方かというと↓こちらを読んでいただけましたら。
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-1755.html

ブログのタイトルはサッカー狂らしく『ちょっとオフサイド』
第一回は大林宣彦追悼記事で『この空の花』公開前に大林監督に取材した際の思い出を書いています。
https://glassgeneration.hatenablog.com/?fbclid=IwAR3PqgzvCb7rCzw45vix9pFc4TnyR2YwpcsoWVH-9vhhEzNzCsD7j4cYEfw

記事のタイトル「大林版 禁じられた遊び」は担当者も絡んだエピソードで、
初めて大林監督の講演会に行ったとき1991年(だったハズ)のNCホール、
大林監督は『ふたり』が公開された後のころ、
お話しの中で強烈に残った話がずっと忘れられなかったにも関わらず、
その後に読んだ大林監督の数多の著作にこの件は一行も触れておらず、
次第にあれは夢だったのかと思うようになり、
それを岡村支局長に話して取材の中で問ていただいたのですが、
ICレコーダーから書き起こした大林監督の話は記憶にある講演の時よりもずっとディティールが詳細なので、
(ざっくりと二つになっているような轢死体が放置されていた。
などとまでは話してなかったハズ)
これは大林監督にとっても生涯忘れられない記憶だったのだろうと。

封印したと思ってたこのエピソードをこのブログによれば
「大林宣彦 がんぼう」(2002年、角川書店)の中で話していたそうで、
ぜひ手に取って読んでみたいと。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200105000492/

そしてやはりこのエピソードは大林監督の手で映画化してほしかった思いが改めて。
監督の脳内では何度も撮影されてたような気がするんですが、
それはリアルなドキュメンタリータッチなのか、キッチュでポップな『HOUSE』のようなタッチだったのか。

岡村支局長は思うことがあって毎日新聞を退社されたそうですが、
ブログの中に書いてる以下の文章、

“大林監督が全身全霊で映画に込めた反戦と平和への痛烈な思いを、
私なりに若い世代に何らかの形で伝えていきたいと切実に思っている。”

現在の職場でどのようなお仕事をされてるのか知りませんが、
思い出がこのように結実するのは素晴らしいことで大林監督も喜んでいるハズだと。

画像は長岡に赴任した頃に、このお店があれば食事もお酒も困らないと
贔屓にしていた長岡駅前 居酒屋・太陽の日替わりランチ。
大将には岡村さんが退社したことをお伝えしておきました、
お元気で、またお会いいたしましょう!

大林監督の新作『海辺の映画館 キネマの玉手箱』は9月4日よりTジョイ長岡で公開されます。
公式HP https://umibenoeigakan.jp/ 

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入江悠監督自主映画 『シュシュシュの娘』 クラウドファンディング



入江悠監督が、「全国ミニシアターで公開するため」に制作する
映画『シュシュシュの娘』のサポーター募集!

入江悠監督が『SRサイタマノラッパー』シリーズ以来9年ぶりに撮る自主映画。
商業映画では作れないタブーへ挑戦。
ウィズコロナで制作し、2020年秋撮影予定。
コロナ禍で苦境に陥った全国ミニシアターでの公開を目指します!

https://motion-gallery.net/projects/irie-movie

自主映画から出発し背水の陣で挑んだ『SRサイタマノラッパー』の大成功で日本映画最前線に躍り出た入江悠監督。
『ジョーカーゲーム』『22年目の告白 私が殺人犯です』『AI崩壊』とメジャーに抜擢されて大ヒットを飛ばすなど、
たぶん現在の自主映画監督達の大きな目標となってるハズですが、
その入江監督でさえこのコロナ禍で準備していた映画と連続ドラマが無くなってしまったそうで、
それならばと以前から温めていた自主映画をこの機会に撮ることにしクラウドファンディングをスタートしたそうです。

<本作の3つの夢>
1. コロナ禍で苦境にある全国のミニシアターで本作を公開すること
2. コロナ禍で仕事を失ったスタッフ・俳優と、商業映画では製作できない映画を作ること
3. 未来を担う若い学生たちと新たな日本映画を完成させること

以上の3つの夢を掲げていますが、思えばこのコロナ禍で真っ先にミニシアターの危機を感じ取り支援の声を挙げた映画監督が入江悠監督でした。
完成した暁には『SRサイタマノラッパー』のような熱で全国の苦境に立つミニシアターでの公開し満席とすること、
ミニシアターで育ててもらったと語る入江監督が原点に立ち向かうことに、また面白さを感じたりしました。

長岡インディーズムービーコンペティションで『OBSESSION』 『SEVEN DRIVES』で監督賞となり、
授賞式にやって来た入江監督は長髪でどことなく鬱屈したものを抱えた口数少ない印象でしたが、
『第14回長岡アジア映画祭』で『SRサイタマノラッパー』の上映で駆けつけてくださった時は、
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-720.html
恰幅もよくなって自身に満ち溢れた表情を浮かべてお話しくださいました。
この時にゼロ年代史上最高の青春映画『SR サイタマノラッパー』を上映できたことは今も大きなヨロコビです。

今回撮影する『シュシュシュの娘』は最近の日本映画で避けている政治的なテーマも織り込むと宣言、
大変頼もしく思い、入江監督で思い出すのは東日本大震災直後、
『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』を編集しながら、
当時、ネットで注視されていた東電幹部の記者会見を見ているとブログに書いてたことが、今も印象に残っています。
あの時、あれだけの原発事故を起こしながら嘘や隠蔽を貫き通した記者会見は
現在の数多ある政権不祥事と通底していると思うので、
自主映画というフィールドに戻ってどこまで踏み越えて描くか期待します。

ちなみに入江監督の劇場デビュー作は『ジャポニカ・ウイルス』
恥ずかしながら未見なのですが、予告編を見ると今のコロナ禍を予言してるような描写があったりして気になります。
https://www.youtube.com/watch?v=JykkFhUlbEY

当然、『シュシュシュの娘』は今の現在進行形のこの空気感も伝わる作品になるかと思います。
入江監督がこの閉塞した時代をどのように描くかも期待したいです。

クラウドファンディングのリターンは「メシ奢ってやるよ券」とか「よーいアクション!券」とか、
とてもユニークなんで読んでみるだけでも価値ありです。

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山田火砂子監督 『一粒の麦 荻野吟子の生涯』 上越、新潟、長岡上映会


「©現代ぷろだくしょん」

これまで上映会を開いた山田火砂子監督『筆子、その愛』、長岡出身・東條政利監督『地の塩 山室軍平』を制作した
現代ぷろだくしょんの新作で山田火砂子監督作『一粒の麦 荻野吟子の生涯』が県内三か所で上映会が開かれます。
長岡はなんと長岡市立劇場大ホールで上映されます。

いつもあまり知られていない偉人に光を照らす山田監督が今回描いたのは日本初の女性医師・荻野吟子、扮するのは若村麻由美。
そして毎回、山田監督作は豪華キャストが結集されますが今回も山本耕一、山口馬木也、賀久千賀子、綿木勝彦、そして佐野史郎さんに柄本明(!)などの名も実もある面々が現役最高齢・山田監督のもとに集っています。

日時 会場 (開場は30分前を予定)
8月28日(金) 14時~ リージョンプラザ上越 コンサートホール

8月29日(土) ①10時30分~  ②14時~ 新潟ユニゾンプラザ 多目的ホール

8月30日(日) 14時~ 長岡市立劇場大ホール

*各上映前に山田火砂子監督舞台挨拶の予定

料金 前売 一般 1200円 当日1500円 製作協力券でも入場可能
チラシご持参の方は割引料金1300円 (5名様まで)
長岡上映会の前売券は長岡市立劇場にて発売中

問い合わせ 良い映画を観る会 電話03-5332-3991 (平日10時~18時)

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日本で初めての女医、荻野吟子。

医師だけでなく、社会活動家としても
不屈の精神と大いなる愛に生きた波乱の生涯を待望の映画化

文部科学省選定

日本で初めての女性医師第一号として日本国家が認めた人・・・その人が荻野吟子です。
まだまだ男尊女卑が残っていたあの時代。女性の仕事は、子供を産んで育てるだけで良いと言われたあの時代。
女性たちの悲しい話をたくさん聞いた吟子は、女医になる事を決意します。
そして北海道の開拓地でも、治療費のない貧しい人達を進んで診てあげます。
北海道瀬棚町では、吟子の像が立っている程、今でも吟子に感謝しているのです。そして大正三年、後輩達から慕われつつ吟子は亡くなります。
初めて出版された女医会の本で、巻頭文を吟子は任されます。しかし、その印刷された記事を見る事も出来ませんでした。そして最後まで、一人の子供を産む事も出来ませんでした。
しかし、吟子の後にたくさんの女医が誕生した事を、大変喜んでいました。しかし残念ながら現在の日本では、驚く事に女性医師の数は世界で一番少ないのです!私は、「もう一度荻野吟子先生、生き返ってきてください!!」と叫びたくなり、この荻野吟子の実話を映画化しました。
明治時代、女性解放運動を目指した女性達は、圧倒的にクリスチャンが多いのです。何故なら、当時牧師と宣教師先生だけが、「男も女も平等」と言ってくれたからなのです。
最後に吟子の愛した聖書の言葉を、送ります。
「人その友の為に己の命をすつる。之より大いなる愛はなし。障害のある人も 貧しい人も苦しんでいる人もすべて平等に愛しなさい」

『一粒の麦 荻野吟子の生涯』にかける思い
監督 山田火砂子

皆様、私達女性は戦争に負けて初めて女性解放運動が出来ました。
明治時代の封建制度の中「女三従の道」や「女三界に家なし」の女性蔑視社会で、女性は従うしかないという教育の中、女性解放運動に尽くした女性がいました。その一人が荻野吟子です。
吟子は医師という職業をあたえてくれない明治時代に十八年もの間勉学に明け暮れ、日本第一号の女性医師となりました。
彼女は十八歳で結婚し、夫より病気を移され、医師はすべて男性だということ、そして、男性医師に自らの体を見せるのが嫌で自殺をしたり、生涯医者にかからず痛みに耐えている女性の多さを知り、自らが女性医師となることを決意します。
つい先日、大学医学部の入試における男性有利が問題になっている、私は明治時代にさかのぼったかと驚きました。どうかこの映画で吟子の一生を観て頂いて考えていただけましたら、私は大変うれしく思います。
荻野吟子はこの功績が認められ埼玉県の三大偉人(他二人は渋沢栄一・塙保己一)の一人になりました。その陰で女性解放の為に戦った女性がまだたくさんいると思います。私はこの映画をその女性の方々に捧げます。

 『一粒の麦 荻野吟子の生涯』 公式HP https://www.gendaipro.jp/ginko/

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人形の家

20151020-7人形の家

【弘田三枝子さんを悼む】洋楽カバーでは”本家超え”の歌声…パンチの効いた”うなり”も独特で唯一無二の魅力を放っていた

歌手の弘田三枝子(ひろた・みえこ、本名・竹永三枝子)さんが21日に心不全のため、急逝したことを27日、所属事務所が発表した。73歳。東京都出身。大ヒット曲「人形の家」はミリオンセラーを記録、日本レコード大賞歌唱賞を受賞した。

 所属事務所によると、弘田さんは20日、千葉県内の自宅で倒れ、病院へ搬送されたが、21日午後10時31分、死去した。倒れる前日までは何ら変わりなく元気だったという。親族・関係者により26日に密葬が執り行われた。

   ◇   ◇

 結果的に最後のシングルになった2015年発売の「悲しい恋をしてきたの」のレコーディングを取材した時、弘田三枝子さんは、元気いっぱいだった。カップリングのスローテンポな曲「ひいふうみいよう」には、さまざまな経験を経てきた女性の慈しみが込められていて、心に染みる作品に仕上がった。

 多くの人にとって弘田さんと言えば、ブランクから復活した時のヒット曲「人形の家」とダイエットで知られていると思う。が、デビュー当時に歌っていた洋楽のカバー曲の歌いっぷりは、天性の歌のうまさを発揮して、大きなインパクトを残した。

 1965年には、日本人歌手で初めて米国のニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演。ビリー・テイラー、トニー・スコットという一流演奏家をバックに披露した歌声は、現地の音楽誌で高く評価された。

 パンチの効いた“うなり”も独特で、後に都はるみが「マネしたいと思った」と語っている。

 コロムビア時代には、美空ひばりさんにかわいがられ、他人にめったに詞を書かないひばりさんが、「夢見る乙女」を提供して周囲を驚かせた。

 日本のポピュラー史にも詳しかったミュージシャンの故・大瀧詠一さんは、「歌声にオリジナリティーがあったという希有な例」とし、「美空ひばりや三波春夫のオリジナリティーに匹敵する」とも。そして、「ヴァケーション」のコニー・フランシス、「子供ぢゃないの」のヘレン・シャピロというオリジナルに「勝っちゃった」と最大限の賛辞を送っている。

 また、売り出し中だった作曲家・筒美京平さんの最初のヒット曲「渚のうわさ」を歌ったのが弘田さんだった。洋楽ノリの分かりやすくてしゃれたメロディーを弘田さんの力強くも軽やかな歌い方で、筒美時代の幕開けを飾った。

 サザンオールスターズの桑田佳祐(64)も弘田さんに魅せられ、「MICO」を作詞作曲(83年のアルバム「綺麗」収録)。「ふりしぼるような歌い方」「お前がいなけりゃ 俺 今さら歌などない」と歌い込んだ。これに感激した弘田さんは、同年「MICO」名義で、アンサーソング「O―KAY」を出した。

 晩年は、「銀座スウィング」などでジャズを歌っていた弘田さん。ジャズバージョンの「人形の家」は絶品で、経験を積み上げたボーカルは、唯一無二の魅力を放っていた。まだまだ聴かせてほしかった。合掌。(本庄雅之)

https://www.chunichi.co.jp/article/95178

弘田三枝子さんの訃報が流れながらも正直、思い入れがないのでいかんともしがたいですが、
先の記事に大瀧詠一、桑田佳祐といった大御所から賞賛されたとなると本当に侮れない歌手なんだと。

もう4年前になるのか2016年6月11日長岡市立劇場で35mmフィルムで上映をした
長岡ロケ映画『栄光の黒豹』(1969年)のなかで
http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-1115.html
目黒祐樹さんと生田悦子さんがデートする高級クラブ“クラブ銀座”で生バントを従え
弘田三枝子さんが『人形の家』を歌います。
そのまんまのシーンが今回の訃報とともにこちらのTLにYOUTUBEが流れてきました。

69' 人形の家 弘田三枝子 生田悦子
https://www.youtube.com/watch?time_continue=13&v=3cLK8ot4wcI&feature=emb_title

これは東京でセットを組んで撮影したんじゃないかと思ったりしますが、
長岡観光会館に実際にあったクラブで撮影したと聞きました。
二人とも大学生のカップルとはいえ、もんのすごい大人だし、
そもそも今の長岡にこんなクラブは思い浮かばないので、
昭和の長岡の繁華街は令和よりもずっと繁栄してたんじゃないかと。

しかし『栄光の黒豹』は確かDVD化されておらず、
ずっと前にVHSが出たようですが、そこからアップした動画なんでしょうか。

いづれにしても当時、弘田三枝子さん目当てにチケット買って『栄光の黒豹』も観たお客さんもいるでしょう。
いにしえの長岡の栄華を彩った高級クラブのステージが映えた弘田三枝子さんにこの場を借りて合掌。

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カルアミルク



五藤利弘監督作『レミングスの夏』『美しすぎる議員』上映会のポスター依頼に訪れた長岡・殿町のショットバーへ
今回は『おかあさんの被爆ピアノ』のお願いに。

五藤監督のご親戚がバイトしてると知って訪れたのが最初にきかっけ、
一年ぶりとなった今回はご親戚はもうお辞めになったようでしたが、
去年もいた女性のバーテンダーがこちらを覚えていたので、
ポスター、チラシのお願いを快諾いただきカルアミルクを注文。
ついでに痩せたと言われましたが、いやそれはサスガにお世辞でしょう。

♪電話なんかやめてさ
 六本木で会おうよ いますぐおいでよ
 仲直りしたいんだ 
 もう一度 カルアミルクで

岡村靖幸先生直撃世代なんでこの名曲を思いカルアミルクをよく注文し、
結構、女の子が飲むものという印象が強いようで、
そのたびに岡村先生とこの曲への思い入れを滔々と語り迷惑がられながら、
ミスチルはじめいろんな人がカバー、岡村先生もセルフカバーするなか、
やはり「家庭教師」収録のオリジナルが最高だよと。
こんなことバーテンダーさんに話しても理解してもらえるかと思いましたが、
カウンターの隣の隣の席に常連さんが独占しているので、お礼を言ってそうそうに引き上げました。

というわけで20枚でいいというのに30枚届いたポスターはここで打ち止めとなりました。

『おかあさんの被爆ピアノ』

8月7日(金)~ T・ジョイ長岡  
8月8日(土)~ シネ・ウインド 
8月15日(土)~ 高田世界館にて公開

公式HP http://hibakupiano.com/
予告編 https://www.youtube.com/watch?v=9OeywtIcpfU&feature=youtu.be&fbclid=IwAR17mXDqW9zhU0xWjPDVk9WgYfsrCnpsR

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ライトを照らせ



未来と生活を考える会・三条の田中代表から、
またラーメンでも食べて話さないかということで、
今回は田中代表の前の職場に近い丸竹食堂へ。

重要課題が二点、
一点は全国的な組織の三条支部への勧誘。
とはいえ、その組織の主要活動は全面的に支持できるものの、
地方支部に至ってはこちらの上映会活動の経験からどうだろうか?
と思うことをねちっこく述べた上で入会金を払うだけでいいというので加入。
しかし加茂支部長は田中代表はよく知ってるらしく、
こちらは以前、電話で頭を下げながらチラシを送るお願いをしたことがあったので、
なんだ、知ってるんだったら紹介してほしかった、と述べたら
「いや、聞かなかったから」と返事が。

もうひとつが未来を考える会・三条の今後について。
田中代表は発展的解散を望んでるようでしたが、
ストーンズだっていつまでやってんだという批判もあったろうけど、
(今日はミック・ジャガー77歳の誕生日!)
今はやり続けてるからカッコいいんじゃないか、
と自分でもよくわからない持論を述べましたが納得したような顔を浮かべてました。

現在、田中代表はしばらく腹を括って執筆活動に専念しているそうで、
こちらは働けど働けど楽にならず、じっと手を見る日々なので、
ある意味、羨望を感じましたが、それなのに奢っていただきました。
ごちそうさまでした。

画像は丸竹食堂のラーメン。
思えば鶏ガラ醤油スープは新潟県内の一般的なスープに思いますが、
これは新潟県内独自なのか、全国的なものなのかふとどうなんだろうかと。

ついでに店内は満席で、
そんな中でラーメンを運んできた店主に大声で田中代表は
「彼がブログに載せるんで写真撮っていいですか!」
と尋ねましたが、こちらは自意識過剰なんで結構恥ずかしかったです。
まぁ、それがマナーとして当然でしょうが、
もうちょっと小声でも良かったんじゃないか田中代表。

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♪悲しみのない 星ではやさしくなれないだろう?



http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-2665.html
↑こちらに続いてビューラ先生の畑仕事に参戦。
今回はバナナカボチャの佐藤さんは不在というか、自分のバナナカボチャ畑仕事に専念するため不在。
結果的にビューラ先生と二人で土と格闘となりました。

スイス時代は家族の畑仕事を子どものころに手伝っていたとはいえ、
あまり熱心じゃなかったと先生は話しますが、
現在はこの渡里町の蔵416の畑のほかに
長岡造形大でも畑を持って学生たちと畑仕事に精を出してるそうで、
コロナ禍で授業がオンラインとなってしまったため、
造形大の畑には仲間と会いたいと学生たちがよく集まっているそうです。

この日、収穫したのはジャガイモ。
種イモからこんなにたくさん実るのかと驚きながら、せっせと土を掘った後に、
ニンジンと長ネギを植えて収穫を待つことに。

そういえば『冬のアルパカ』の原田裕司監督も造形大の先生としてオンラインで授業をしているそうですが、
先日、原田監督から『冬のアルパカ』のロケハンで行ったコスプレ居酒屋はまだあるのか?
と問い合わせがあり、また長岡で撮影すべく脚本を書いてるんだろかと思いました。

ちなみにビューラ先生の息子さんが仲間と映画館デビューをしたそうで、
その作品『今日から俺は!』は息子さんにとって忘れられない映画になるんじゃないかと。
とりあえず先生に『おかあさんの被爆ピアノ』のチラシを渡したので、
できたら一緒に観てほしいと思いました。

そしてジャガイモのおすそ分けありがとうございます!

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