長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『放射線を浴びたX年後2』 in シネ・ウインドと高田世界館

1954年 アメリカが行ったビキニ水爆実験の被ばく者は第五福竜丸乗組員だけではなかった。
『放射線を浴びたX年後』は第五福竜丸以外の被ばく者の闇に迫って大きな反響を巻き起こしましたが、
映画を観た人達が自分の父親の死も被ばくではなかったかと疑問を投げかけて新たな展開となった第二作が
シネ・ウインドと高田世界館で公開されるので紹介します。

映画の宣伝コピーは

これは、遠い時代・遠い場所の話ではなく、私たちの[X年後]の物語である。

五年目の3,11を前に「長岡アジア映画祭 プレイベント(仮)」で上映する「ヒバクシャ 世界の終りに」「小さき声のカノン」にも連なる映画ではないかと思います。



『放射線を浴びたX年後』

父は なぜ死んだのか?」

半世紀前の太平洋核実験 漁師たちが伝える無言のメッセージとは――?

終戦直後の1946 年。太平洋上で、米国による核実験が始まった。しかし多くの漁船が、その後100回を超える実験期間中も、近海でいつも通り操業を続けていた―。闇に葬られたビキニ水爆実験の真相に迫る前作『放射線を浴びたX年後』から3年。高知県室戸市ほか各地での継続取材は、新たな展開を迎えていた。安全や核をめぐって国のあり方があらためて問われる今、かつて日本の繁栄を支えた海の男たちのメッセージに、地方TV局のディレクターが迫った渾身のシリーズ第二弾!

東京で広告代理店を経営する川口美砂さん、59歳。故郷である高知県室戸市で、映画『放射線を浴びたX年後』を観たことがきっかけで、元漁師だった父の早すぎる死に疑問を抱き始める。当時「酒の飲みすぎで早死にした」と言われた父。本当にそうなのだろうか?高知県室戸市出身の漫画家、和気一作さん(本名:大黒正仁。代表作「女帝」など)もまた、映画との出会いがきっかけとなって父の死に疑問を抱く。愛する父への強い思いが、二人を動かし始める。
一方、取材チームは放射線防護学の専門家と共に、1950年代当時、雨水の中に高い放射性物質が測定された沖縄、京都、山形を訪れ、独自に土壌調査をおこなう。民家の床板を外し、半世紀ぶりに現れた土。遠く離れた太平洋でおこなわれた核実験の影響は、今も日本列島に影響を及ぼしているのだろうか?
元漁師たちの証言、破られた船員手帳、厚労省への情報開示請求―。日本列島を揺るがした巨大被ばく事件から半世紀を経た今、決して消え去ることのない「被ばく」の傷跡が、徐々に明らかになる。

HP http://x311.info/part2/

シネ・ウインド 2月27日~3月4日
https://www.cinewind.com/

高田世界館 2月28日~3月10日 (3月6日、8日休映)
放射線を浴びたX年後」も同じ期間上映
http://takadasekaikan.com/
スポンサーサイト

| 未分類 | 19:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/1041-093bcba7

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT