長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

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相澤徹プロデューサーのこと



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↑こちらの冊子『三条と映画』の中で燕市出身で三条高校卒業の相澤徹プロデューサーが
昨秋に開催された企画展『三条と映画』の期間中に亡くなられたとあり、初めて知りました。

2010年のことでしょうか。
相澤プロデューサーが自作『育子からの手紙』の自主上映会を長岡で開くため
当時の市民映画館をつくる会事務所にいらして協力を依頼。
その際にかつて熊井啓監督のもとで助監督をしてた頃のエピソードを話をして、
大変面白く参考になった覚えがあります。
何より自作の上映のために全国津々浦々をまわる姿に気迫を感じ圧倒された覚えが。

しかし『育子からの手紙』上映会がリリックホールで開かれ、
その手伝いに行ったところ、かなりガツンと言われてしまい、
アルバイトとしてお金が派生する仕事なら、我慢もしたでしょうが
まったくのボランティアで参加してなぜこんな不愉快な思いをせねばならないのかと、
こちらのやりかたとまったく違うことを認識し、担当者はその場で手伝いを放棄して帰りました。

無論、プロとして真剣に上映と向き合ってたのでしょうが、
こちらの心情をくみ取ることもなく激怒する姿を見て自分は一層、こうにはならないと反面教師にしようと思いました。
後で一緒に手伝いに行った者から
「なんであのくらいで帰ったのかわからない」
と言われましたが、その方も相澤プロデューサーと同じふるまいをして、
こちらが幾度となくフォローしてたのでわからないのだろうと思いました。

冊子「三条と映画」には企画展のために多大な協力を惜しまなかった旨が書かれてあり、
実際の相澤プロデューサーはそんな方なのだろうと理解はしましたが、
ちょうどこの訃報を知ったのが『栄光の黒豹』上映会前なので、
余計に協力いただくスタッフのみなさんが楽しみながら参加する場にしたいと思ったりしました。

などと書きましたがやはり喧嘩別れというか、
先方はこちらのことなど覚えてないでしょうが、
特に同郷でもあるので、あの後に一度も会う機会もなく逝かれたことに
余計に哀悼の念をその姿を思い出しながら覚えたりしてます。
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