長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

トキワ荘見つめた女性編集者 マンガ文化の礎、傍らに=



http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-738.html
↑昨年、4月に書いた記事です。
お花見に行ったら漫画の編集者としてトキワ荘に出入りしてたという
生き証人とも言うべき長岡在住の女性と出会い、
貴重な証言に大変驚いた、という記事でした。

しかし書いたことを忘れてた今秋、GARNETのご主人がまた、この生き証人の話をじっくりと聞いたらしく、
やはりその証言に驚き電話が来たので再び会いに行き、その話を聞きました。
いわく「映画化できるんじゃないか」

担当者はトキワ荘といえば藤子不二雄Ⓐ先生の「まんが道」、
そして市川準監督の『トキワ荘の青春』をすぐさま思い出しますが、
以前の記事に書いたように『トキワ荘の青春』で棚下照生先生を演じた柳ユーレイのデカダンな姿が強烈に印象に残ってます。

それで今度は証言者の方に夫であった棚下先生についてじっくりと聞きましたが、
無頼派というのか、無茶苦茶な生活ぶりに呆れながらも、どこか羨望を覚えましたが、
それについて語るこの女性が何も恨み節もなく、ある意味狂気と天才でもあった漫画家に尽くしぬいた姿に感銘をうけました。
この夫妻の波乱万丈な物語こそ映画化にするべきではないかと思いました。

と、同時に自分たちでこの貴重な話を聞くのは勿体無いということで、
大変お世話になってる毎日新聞(新潟日報は嫌いになったので)の記者に紹介したら関心を抱いて、
取材してくださり、本日記事が掲載されました。

この記事を取材した場所は息子さんがご主人の居酒屋・和蔵なのですが、
こちらには6月に上映した『栄光の黒豹』のポスターが今も貼っています。
まぁ、担当者が貼りに行きよければずっと貼ってくださいとお願いしたものなのですが、
『栄光の黒豹』の市村秦一監督の代表作に松山容子主演の『めくらのお市』シリーズ。
実は『めくらのお市』の原作者が棚下照生先生になるので、そんな繋がりにこの生き証人の方は驚いていました。

=====================================
にいがた記者日記
.
年末ワイド版/9止 トキワ荘見つめた女性編集者 マンガ文化の礎、傍らに=金沢衛 /新潟
毎日新聞2016年12月30日 地方版

 満席で見た映画はいつ以来だろう。アニメ映画「君の名は。」が大ヒット中だ。海外でも評判はよく、「クールジャパン」のアニメ人気を象徴するようだ。これより少し前、新潟出身のマンガ家、赤塚不二夫の生誕80周年を記念したドキュメンタリー映画「マンガをはみだした男」がひっそりと公開された。常識にとらわれず、感性のまま生きたマンガ家の姿を描いた作品に、半世紀以上前の「あの頃」を思い出す女性がいた。

 長岡市に住む高橋美津子さん(81)。福島県出身の文学少女は高校卒業後、東京都内の出版社「鶴書房」でマンガの単行本や絵本の編集に携わった。1950年代、手塚治虫や藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚らが仕事場にしたことで知られる東京都豊島区のアパート「トキワ荘」に出入りしていた。

 マンガ家らとは同年代。ベタ塗りや下絵消しを手伝い、掃除や食事作りの世話までしたという。新潟出身でトキワ荘のまとめ役だった寺田ヒロオとは家族ぐるみの付き合いだった。「みんな手塚先生に憧れて地方から集まった少年。売れていないけど生き生きしていた」と振り返る。

 少年向けストーリーマンガを描き、作品がテレビドラマ化もされた棚下(たなか)照生を担当し、後に結婚。波乱な生活に入った。棚下は20代で大卒の給料の十倍近くを稼ぐ売れっ子。ところが原稿料が入ると、飲み歩き、数日間帰宅しないのが常だった。連絡が取れずに締め切りが迫り、ただ鉛筆を削って待った。金を使い果たして戻り、原稿を書き上げると、また行方が分からなくなる。食費に困り、慣れない水商売に働きに出たこともあった。

 後に無頼派と評される棚下だが、「いろんな人と飲み歩いたり、寄席や映画を見たり、作品作りの刺激にしていたんだと思う」と怒ることもしなかったという。しかし行く末を心配した父や兄の説得で、7年間の結婚生活に終止符を打った。2人の子は、2003年に亡くなった父の顔を見ることは二度となかった。

 夢や空想の世界を描くマンガの舞台裏は、華やかさとは縁遠かった。「切ない時代で家族が犠牲にされた」と思うこともある。それでもマンガ家たちとの交友があった約10年間は忘れない。「キャベツやモヤシを食べて純粋にマンガに没頭したトキワ荘の人たちが、今や文化と認められるようになった日本マンガやアニメの礎になった。そのそばで編集者や家族として関われたことは誇りです」

 高橋さんは、これまで書きためた随筆や投稿文をまとめようとしている。棚下と暮らした頃やトキワ荘の思い出が大半という。日本マンガの語られなかった裏側を描く一冊になるかもしれない。=おわり

http://mainichi.jp/articles/20161230/ddl/k15/070/010000c

↑見入ってる棚下先生はもちろん寺田先生の写真も見せてもらい、大変貴重なものでした。
スポンサーサイト

| 未分類 | 20:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/1371-6f507391

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT