長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

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『わたしの、終わらない旅』 長岡上映会



『花はどこへいった』『沈黙の春を生きて』と枯葉剤をテーマにしたドキュメンタリー映画を撮っていた坂田雅子監督が生涯にわたって反原発運動を続けた母親の遺志を継ぎ"核”をテーマにした新作を完成、このたび長岡で上映会が開かれるのでご紹介します。

『わたしの、終わらない旅』

公式HP http://www.cine.co.jp/owaranai_tabi/

日時 2017年4月16日(日)
    午後1時30分~(開場13:00)(終了予定15:00ころ)

会場  長岡市立中央図書館2階講堂 (190席)

参加費  前売り 800円  当日 1000円  高校生以下 無料

主催 さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト 協力 長岡アジア映画祭実行委員会!

問い合わせ先 0258-34-6483(山下)


2011年3月。福島第一原発の事故の深刻さが明らかになる中、捉えようのない不安を胸に坂田雅子は亡き母が遺した一冊の本を手に取る。「聞いてください」と題されたそれは、母が1977年から続けていた原発を問うミニコミ紙をまとめたもの。母が続けていた反原発運動の意味に、改めて気づいた坂田。彼女は、母親と自身の2世代にわたる想いを胸に、兵器と原発という二面性を持つ核エネルギーの歴史を辿る旅に出る。フランスの核再処理施設の対岸の島に暮らす姉を訪ね、大規模な核実験が繰り返し行われたマーシャル諸島で故郷を追われた島の人々に出会い、そしてカザフスタンでは旧ソ連による核実験で汚染された大地で生きる人々をみつめる。「聞いてください」核に翻弄された人々の声なき声を。

監督 坂田雅子(さかた・まさこ)ドキュメンタリー映画監督。
1948年、長野県生まれ。65年から66年、AFS交換留学生として米国メイン州の高校に学ぶ。帰国後、京都大学文学部哲学科で社会学を専攻。2003年、夫のグレッグ・デイビスの死をきっかけに、枯葉剤についての映画製作を決意し、2007年、『花はどこへいった』を完成させる。本作は毎日ドキュメンタリー賞、パリ国際環境映画祭特別賞、アースビジョン審査員賞などを受賞。2011年、NHKのETV特集「枯葉剤の傷痕を見つめて〜アメリカ・ベトナム 次世代からの問いかけ」を制作し、ギャラクシー賞、他を受賞。同年2作目となる「沈黙の春を生きて」を発表。仏・ヴァレンシエンヌ映画祭にて批評家賞、観客賞をダブル受賞したほか、文化庁映画賞・文化記録映画部門優秀賞にも選出された。

母 坂田静子(さかた・しずこ)1923年、東京都生まれ。海軍の造船技師であった父の欧州留学中は一時須坂に住み、須坂小学校に通う。東京の恵泉女学院を卒業後、東京女子大学国文科に進むが健康が優れず中退。1943年、坂田良次と結婚し、ともに須坂市の薬局の経営に携わる。1945年に長女悠子、1948年に次女雅子、1949年に長男敬が生まれる。1977年5月に「聞いてください」の第1号を発行。92年までの15年間に35号を重ねる。1998年10月19日没。享年74歳。

姉 坂田悠子(さかた・ゆうこ)1945年、長野県生まれ。イギリス人男性と結婚し、日本で一児をもうけたのち、夫の出身地である英仏海峡のガンジー島に移住。現在まで40年以上、島で暮らしている。1977年、対岸のラ・アーグにある核燃料再生処理場で拡張工事が行われ、さらに日本の原発から出る廃棄物を再処理予定とのことから、その不安を母・静子に手紙で綴る。この手紙をきっかけに静子は反原発運動を始める。

製作・監督・撮影・編集:坂田雅子
プロデューサー:山上徹二郎/編集:大重裕二/整音:小川 武/製作協力・配給:株式会社シグロ
2014年/日本/日本語・英語・仏語・ロシア語/78分/カラー
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