長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

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酒井充子監督 『台湾萬歳』 本日、ポレポレ東中野で初日



「ツァイ・ミンリャン監督の『愛情萬歳』を観てすぐに台湾へ行き、そこでバス停で話しかけてきた老人が流暢な日本語を話すのを聞いて台湾について知りたいと思ったんです」

以前、酒井充子監督がこんなことを話していました。
そこから台湾で日本語世代の人達の歴史を粒さに調べ映画化した『台湾人生』、『台湾アイディンティティー』に続く台湾三部作の最終章『台湾萬歳』が本日よりポレポレ東中野で封切られます。

『長岡アジア映画祭’14』で、『空を拓く-建築家・郭茂林という男』の上映とともに酒井監督をお招きし、お話しいただきましたがとても誠実に綺麗な言葉で話しているのが印象的で、それは台湾の人達の前でもそんな形で取材をして懐に飛び込んでいったんだろうなぁと思いました。

ちなみにその日の打ち上げでは師匠にあたる小林茂監督、お客さんとして観に来ていた柴田昌平監督と酒井監督が語り合っているのを脇で見てて、ドキュメンタリー映画の日本代表が並んでいるのは随分と贅沢な集まりだなぁ、と思い返してました。

↓こちらは『第14回長岡アジア映画祭』での『台湾人生』上映後の酒井充子監督×小林茂監督対談の採録です。

そういう時代の中でも「人と人との繋がり」がきちんとそこにあったと、
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-744.html

実は「解けない数学」という言葉は私もそういうことを考えて
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-745.html

「作ってくれてありがとう」という言葉をかけて下さって、
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-746.html

『台湾萬歳』 イントロダクション

いかなる時代にも 海に大地に人生を捧げ まっすぐに生きてきた人々の物語

台湾は1895(明治28)年から1945(昭和20)年までの51年間、日本の統治下にあった。時は経て、東日本大震災の際、台湾から200億円を超える義援金が寄せられたことは記憶に新しい。私たちは歴史的経緯をものともしない台湾の人々の思いやりに言葉を失ってしまう。酒井充子監督は、台湾三部作の幕開けとなった『台湾人生』では、激動の歴史に翻弄された5人の日本語世代たちの日本統治時代、戦後の国民党独裁時代を経て現在に至るまでの人生に焦点を当て、『台湾アイデンティティー』では、第二次世界大戦、二二八事件、白色テロという歴史のうねりによって人生を歩み直さなくてはならなかった6人を通して台湾の戦後の埋もれた時間を描き出した。そして最終章・・・。時代が変わろうとも、台湾の海に、大地に向き合い、汗を流して 生きてきた人々がいる。本作では「変わりゆく台湾」を描いた前2作に呼応するかのように「変わらない台湾」の姿を尊敬の念を込めて描いた。台湾の原風景が色濃く残る台東縣―。そこで暮らす人々の生活の中心には今でも「祈り」、「命への感謝」、「家族」がある。いつしか日本人が失いつつあるものが、かつて<麗しの島>と呼ばれたこの島に生きている。台・湾・萬・歳。

『台湾萬歳』 公式HP http://taiwan-banzai.com/

https://www.mmjp.or.jp/pole2/
↑初公開となるポレポレ東中野のHPを開いたら年明けから公開が始まった『人生フルーツ』がいまだロングランしていました。
『人生フルーツ』のエピソードのひとつに台湾が出てくるのですが、酒井監督はあの映画を観ただろうかと気になりました。
『台湾萬歳』の盛況を祈念いたします。
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