長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

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風と土の人 2013年秋



今回、稲刈りのお手伝いをした小暮さん宅は
中越大地震も中越沖地震も大丈夫だったものの、
2011年の3月12日未明に起きた新潟・長野県境地震によって
家屋が傾き全壊の指定を受けました。

「二度あることは三度あるとはよく言ったもんだよなぁ、
三度あることは4度あるは言わないし」

家をあきらめかけたものの、
さまざまな人の意見やアドバイスを受けて
仲間とともに家を見事に修復させました。
いわば不屈の人です。

小林茂監督の「風の波紋」は2010年の晩秋から撮影が始まったので、
小暮さん宅の修復作業も撮影しています。

http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-1395.html
毎朝と晩に行政から委託を受けたという牧場の管理もしており、
様子を見学に連れていただいた車内でぽつりと脇に流れる川を見て、
「この川はあの地震の跡に土砂が埋まりせき止められ水があふれたんだ、あれは怖かった」
と話していました。

新潟・長野県境地震は311の翌日にあったため、
当時の報道はもちろん東北に赴いてましたが、
この地域も甚大な被害があったものの、
ほとんど知ることもなく、今回そんな規模の土砂ダムがあったことも
恥ずかしながらはじめて知りました。

小暮さんはかつては戦場カメラマンとして世界中を飛び回り、
ホームレス支援活動の一環として写真展開催を機に
小林茂監督と知り合い、新潟と東京を行き来していくうちに
この松之山を見つけて移住を決意したそうです。

冬は4メートルにも雪が積もる豪雪地帯で、
無農薬という生半可でない米つくりでどっぷりとこの地域に根付こうとしています。
小林監督がまず被写体に選んだだけの人であり、
おそらくかつて花形のカメラマンだったと思いますが、
今はカメラを手にしてる姿を見たことがありません。
カメラマンを投げ打ってこの地に生きることは相当な覚悟があったと思いますが、
どこかそのことについて尋ねるのは躊躇しています。
小暮さんはファインダーの中で何かを見たのだろうか?

「風の波紋は」そういった趣旨とは別の映画になると想像しますが、
小暮さんのこれまでの骨太な生き様を思うとなぜカメラと東京を投げ打ってこの地に
新しい人生を見つようとしたのか気になります。

「いいか、カメラを人に向けるときはあらかじめ撮りますなんか言うんじゃないぞ、
そのまま撮ればその人が写る」

自分はガラケーでよく撮影してますが、
人を撮る時、おどおどとしてる姿を見て小暮さんが笑いながらアドバイスしてくださいました。
プロのカメラマンだった片鱗を聞いたように思いました。
で、そのアドバイスを実践したのが画像の写真ですが、
小暮さんの笑顔は人柄そのままです。

↓初対面のときの小暮さんの印象です。
http://tsukurukai.blog103.fc2.com/blog-entry-1174.html
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