長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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愛しい歌の数々よ、どうぞ僕を守りたまえ



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↑こちらの座C!nemaの上映会・大林宜彦監督作『青春デンデケデケデケ』に参加しましたが、いやぁー最高!これぞ大林!!、大林映画に夢中になって観まくり、神様と崇めまくってた頃の自分に戻ってしまい、観終えて主催の長岡造形大のビューラ先生相手に饒舌に自分にとって神様だったころの大林映画について、驚くほどまくし立ててしまいました。
最近はイイ映画を観た後さえ黙りこくって腹の中に収めていますが、そんな躊躇など微塵もなく、いつも以上に過剰なテンポの中で語られる大林ワールドをロッキンホースメンのエレキサウンドの中で瞬きもせずに観続けておりました。

ビューラ先生ももちろん大好きな作品で意気投合する場面は多々ありましたが、スイス出身の先生から見ればアメリカのベンチャーズにイギリスのビートルズで文化が違うのに一緒にしているのが不思議だ、などと感想を述べてましたが、なおそこに橋幸夫に三田明と独自の進化のただ中にある和製ポップに、ベンチャーズやビートルズのお下がりのグループサウンズまでごちゃ混ぜにした和洋折衷なのが大林映画などと能書きを返してしまいましたが、さらに大林監督と同じ年のジャイアント馬場さんにライバルのフリッツ・フォン・エリックまで踏み出せば収集つかなくなるので寸止めし、公開時に観て以来なのでいろんなことが思い返されて、自分はこの映画のヒロイン・柴山智加に確かに夢中だったこと、その彼女が当たり前だけど同じ笑顔で再び目の前に現れたことに、何やら感慨深いものを覚えてうっすらと涙が浮かんだりと。

そして特筆なのがやはり舞台の観音寺の何気ない街並みを大変情緒あふれる郷愁ある大林ワールドの舞台として描いてた撮影。で、エンドクレジットにロケーションコーディネーターとして現在は新潟県のフィルムコミッション協議会で活躍してるTさんの名前を見つけて、なるほど『この空の花』へと至る最初の道筋がこの映画でもあるのかと思いました。
とはいえ観音寺が凄いと思うのは本作以降にこの地で撮影された映画が思い浮かず、もしかしたら欲張らずに『青春デンデケデケデケ』が撮影された街という勲章だけで全うしているのではないかと。

さらに驚いたのは脚本が長岡ロケ映画『栄光の黒豹』の石森史郎さんだったこと。
『栄光の黒豹』は自分が生まれる前の懐かしの映画という認識だったのが、何度目かの絶頂時にあった大林映画の脚本を書いてたことに、そういえばフィルモグラフィにあったけど、まるで不意打ちのように現れてえらく驚いてしまいました。
年明けにシネ・ウインドで『栄光の黒豹』を上映するので目黒祐樹さんに支配人と会いに行った際に、昨年に目黒さんの舞台を石森さんが観にらっしゃり、それを知った目黒さんは舞台衣装のままロビーに駆けつけ何十年ぶりかに顔を合わして挨拶されたとお話ししてくださいました。

そういったわけでブレイク前の浅野忠信さんが非常に初々しいのは勿論ですが、出演してる若手俳優の中でその後に飛びぬけた存在になるのは、独特のオーラをすでに醸し出してるのでよくわかったと今見返して感じたり、ベンチャーズは出演もしてるのでたぶん本作を観たでしょうが、もう一人、今年亡くなった偉大すぎるロックンローラーに最大の敬意を込めた作品でもあり、果たしてチャック・ベリーは観ただろうか、観ていたら大変喜んだと思いたいです。
そういえばマイケル・ジャクソンが来日時LDを買ってたのが当時テレビで流れてましたがネバーランドの映画館で喜んで観ていただろうマイケルは容易に想像できました。
ともかく背中を押して元気にさせてくれるのが、やはり最高の映画の定義ではないかと大林宜彦監督作『青春デンデケデケデケ』を見返して改めて思いました。
ともかくこの時期に観てよかったです。

ついでに以前、座C!nemに足を運んだら長岡造形大生がたくさんいたので、ここぞとばかりに「『台湾萬歳』の酒井充子監督は小林茂監督のお弟子さんで、当日お越しいただき、どのような経緯で監督になられたか話してもらおうと思ってます。
『レミングスの夏』の五藤利弘監督、『地の塩 山室軍平』の東條政利監督は長岡出身なので、映画業界について、もう少し突っ込んで進路について相談をしたら多少お二人の人柄を知ってるので喜んで若者にアドバイスしてくれると思います。だから11月19日の上映会に来てみませんか?どれでもいいので映像を学んでるなら得るものがたくさんあると思います」とチラシを渡し、嫌われるのを承知で宣伝しようとしてましたが、観客は自分も含め昔デンデケを観てたおじさんしかおらず造形大生は映写を担当していたものの、21時に造形大行きのバスが出るとかで、いつの間にかいなくなってしまいました。

ここで思い浮かんだのは、かの淀川長治先生が日本映画学校で講師を務めていた時に、
生活がキツくてなかなか映画が観れないという学生に
「あんたたちはご飯を食べなくていいから、映画をたくさん観なさい」と泣きながら話してたというエピソードでありました。
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