長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

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ドコニモイケナイ

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東京国際映画祭・日本映画監督協会新人賞受賞作上映。
今年は「ドコニモイケナイ」

ひょんな成り行きで観ることになった本作。
あらすじも知らずにスクリーンに向かいましたが、
これが本当に痛い痛い映画、、、

2001年。九州から歌手を夢見て渋谷の路上で歌う少女。
おそらく映画学校の課題で渋谷を題材にドキュメンタリーを撮影する中で見つけた少女だと想像しますが、魅力的であり大きな自信を誇示しながらもどこか危うい、そしてその言動と行動から、どうしても不幸な予感がしましたが、案の定おそらく監督たちも撮影当初に想像してなかった姿を残酷に映していきます。
それが展開を予想できないドキュメンタリーの醍醐味かもしれませんが、一人の少女が壊れていく姿を見つめるというのは、こちら側で本当に冷静でいられなくなりました。

10年後、10年前との決着をつけるために夢破れて郷里に戻った彼女に会いに監督は向いますが、そこで目にした姿にまた厳しい現実を突きつけられました。

たぶん、あの頃も今も彼女のように夢破れ挫折し渋谷を離れた者が多く、多かったと思います。
それを再起でなく挫折し、まさに“ドコニモイケナイ”姿を映し、
それを作品として完成、公にすることに監督は深い葛藤を抱えたのではと想像します。

渋谷時代の彼女がいわば友達リストと言える名簿を披露していました。
それは一回こっきりしか会ったことのない人も含まれてて、
それは“友達”と言えるのか観ながら疑問に思いましたが、
次第に彼女が変調をきたし、救われないまま目の輝きが失せ郷里に戻る姿が映し出された時、
あの“友達”はここまでなるまでどうにかならなかったのか、
それは撮影という形で彼女の人生に関わった監督達にも注がれると思うので、
それでも作品にしようと決意した覚悟をいつか聞いてみたいと思いました。

上映後にシンポジウムがあり矢田部ディレクターの司会で
島田隆一監督とイランのアミル・トゥーデルスタ監督による若手監督同士の対談が開かれましたが、
アミル監督がヒロインの孤独な姿に触れる中で
「フェイスブックの登場で人間関係が希薄になってる」と持論を述べると
矢田部ディレクターが「あの時代にフェイスブックがあれば彼女も別の展開ができたのではないか」と
話すとアミル監督は否定的な言葉を話そうとしたら別の話題になり、
アミル監督ははたしてその件についてどんなことを考えてるのか今も気になってます。
自分はあの友達リストの表を見て、まずフェイスブックのことを想起したので。

いろんな意味で観て良かった、そして「ドコニモイケナイ」というタイトルも含めて考えさせてくれる映画でした。

島田隆一監督は「1000年の山古志」で助監督を務めた方。
橋本信一監督のもとで培われたものが今回の受賞に繋がったのだと思います。
奇しくも本作を観たのは「1000年の山古志」が作られるきっかけとなった中越地震がおきた10月23日でした。

http://dokonimoikenai.com/
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