FC2ブログ

長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

おもひでぽろぽろ



1991年9月28日、長岡市立劇場で開催された市民映画館をつくる会主催『おもひでぽろぽろ』上映会に高畑勲監督は駆けつけてお話をされました。

担当者はその頃は熱心な会員ではなくて上映会が終わった後につくる会の事務所に高畑監督が来るというので覗きに行ったら、せっかくなので会員とお話でもという流れになり、このアニメの巨匠とわずかですがお話する機会がありました。
もっともマヌケな質問をしてどんなことを話したかは恥ずかしくて書けるものではありませんが、今朝の高畑監督の訃報を知ってまずそんなことを思い出してました。

この上映会はあの市立劇場の大ホールは当然満席どころか、行列は本当に長蛇のごとく延々と続いたそうで、いわば市民映画館をつくる会が最も勢いがあったころの話で、用意した謝礼を監督は受け取らず、映画館設営の資金にしてくださいと申し出て一同大喜びしたことも覚えています。
こんなことを書いてると監督の意に結局添えられず恥ずかしい気になります。

この時に高畑監督は手土産に宮崎駿監督の色紙を手にして来て、その色紙には
「自分のルーツを辿ったらどうも長岡らしく江戸に出てきて餅屋をはじめいろいろ商売をしたけどうまくいかなかったようです」
という趣旨でお餅を食べるトトロが描き添えられていました。
宮崎監督は長岡に縁があるのかと驚いたしだいです。

あと村松出身で『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』の作画を手掛け、後に『耳をすませば』を監督する近藤喜文監督に長岡はどんなところ?と尋ねてから来たそうですが、近藤監督はどんな返事をしたのかいまだに気になっています。

以上、今思い返せばアニメファンのみならず注目に値するエピソードもあったりしますが、先ほども書いたように当時担当者は活動に熱心でないため、この時に一番一生懸命活動していた柏崎のYさんならいろんな話をしてくれるハズです。この人を差し置いてコメントするほど厚かましいことはありません。

ただ晩年と書くと語弊を感じるので、近年の高畑監督は「『火垂るの墓』では戦争は止められない」と口癖のように自身の代表作を例に出して「戦争を止めるにはまず理性」「死にたくない殺されたくないという感情につけこんで戦争はおこる」という旨で繰り返し発言していたことが印象深いです。

自身、小学四年生の時に岡山の空襲に遭い焼夷弾が降り注ぐ中、逃げて一夜明けて家に戻ったら遺体だらけだったという体験が身に染みていたからこそ、現政権のキナ臭い動きに果敢に映画人として声を挙げ、デモにも参加するなど再びの悲劇を繰り返すまいという決意を傍目で見ながら感じていました。
三上智恵監督作を支持し応援していたのは昨年、長岡で『戦場ぬ止み』上映会を開いた際に大きな励みとなってました。

もちろん残念ながら遺作となってしまった『かぐや姫の物語』はアニメーションの大きな可能性をさらに広げたような映画で、その出来栄えに改めて唸ってしまったほどですが、たぶん日本人の多くは『アルプスの少女ハイジ』からDNAに高畑監督の志が染み込んでいるように思います。

本当にお疲れ様でしたとこの場を借りて。

“あの戦争を知っている人なら分かる。戦争が始まる前、つまり、いまが大事です。始めてしまえば、私たちは流されてしまう。だから小さな歯止めではなく、絶対的な歯止めが必要なのです。それが9条だった。(高畑勲)”
スポンサーサイト



| 未分類 | 20:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/1844-8d7c4227

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT