FC2ブログ

長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Someday



http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-1924.html
↑こちらで紹介した*3.11から8年目を生きるわたしたちの うた&おはなしの午後(とき) Vol.2
主催の未来の生活を考える会・三条の末席に名を連ねる担当者は会場設営(椅子並べと撤収)の手伝いに併せて『標的の島 風かたか』のチラシ配布をお願いに参加しました。
来場者がチラシも挟んでる冊子を手に取り、収められてるチラシの中から『標的の島』が目に入った人を後ろからチェックという非常にやらしいことをしていましたが、さすがに高畑勲監督の名前が目に入るのか表を見た後に裏側もチェックしてる人が多くいるように思いました。
中には「アオーレでやるの」と少々落胆の声もありましたが、まぁ関心を持ってくださるだけで万々歳かという境地に達しておりました。
 
 その後に本番となり福島原発の事故で郡山から阿賀野市へ母子避難、現在はご主人の勤め先であるフィリピンに移住しながら、さまざまな音楽活動を開催してる羽賀智美さんがピアノ伴奏にあわせてうたを歌い続けていたところ、客席からこのイベントに異を唱える男女が。

一人は東京出身でいまは長岡にいるという男性で失礼ながらこういう場で時折見かけるいわば地雷に近い形に担当者は見えたのですが、一方的に歌や話を聴かされるでなくて客席と意見交換するべきではないのか、と。

その次にマイクを持ったのが実際に福島から現在は燕に避難している年配のご婦人。
ここに書くのも躊躇するようなキツイ言葉から「本当に福島を思っていないのではないか」という旨で発言したと受け取りましたが、二組も続き、どちらも事前にイメージしてたイベント違ってたことが大きかったようですが、それをたしなめる方、反論する方で喧々囂々と収集がつかなくなった頃に羽賀さんが「福島でもいろんな考えの人がいる、日頃、予定調和になることをよく思っていないことがあるので今日は良かった」というような形で、その場は収まり最後は『ノートルダムのせむし男』の挿入歌『Someday』を歌って幕を閉じました。

羽賀さんはこれからも歌いたいので今日の感想をアンケートに書いてほしいと、非常に気丈な姿を見て感心いたしました。

♪いつの日か 人々が聡明になり、世界は成熟し、私達は学び理解するときがくる。私は祈っている。
(日本語訳 羽賀智美)

長岡から来た男性は帰りの電車の時間が~ などと言いたいことだけ言って中座してしまったのは、それは違うのではないかと思いましたが、福島から避難した女性はイベントが終わった後の懇親会に参加。
ここで主催者側のみずすましさんに原発事故後からここに至る経緯を延々と話され、こちらは脇で黙って聞いてましたが、話については幾分自己中に思うことがあり、他にも異を唱えたい思いがありましたが、自分が口を挟むと余計に混乱するという自覚があったので卑怯に思いながらも黙っておりました。
しかしこのイベントを何ヶ月もかけて企画し準備していたみずすましさんはこちら以上に言いたいことがあるのではと想像しましたが、凜としながら話を聞くことに徹底しており、これは見習う姿のように思いました。
福島からのこの原発事故以来たくさん理不尽な思いを重ねて、話したいことがたくさんあってここに来ているのだろうと。

「3,11のイベントを多く企画したけど、あなたみたいに客席から思いを訴える人は初めて」

みずすましさんはこんなことをこの女性に話していましたが、それは担当者も同じでこの日の出来事を見ながら、やはり相応の覚悟が必要なんだと福島、沖縄、広島とイベントを開くことの重さを再確認したように思ったこの日の出来事でした。
スポンサーサイト



| 未分類 | 21:22 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/1955-519725ce

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT