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長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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愛をまさぐって、まさぐって



“『ラストエンペラー』なんて、誰が見ても溝口健二にオマージュを捧げた映画なのに、見ていてそれが分かる日本人がほとんどいない。”

昨日、今年の映画を振り返っておりましたら、あっ、つい最近、イタリアの巨匠ベルナルド・ベルドルッチが亡くなったことを思いにはせておりました。

やはり壮大で絢爛な歴史劇『ラスト・エンペラー』の監督というのが真っ先に浮かびました。
今思うと『1900年』など共産主義をテーマにした映画を撮りながら行き詰った挙句に中国へと題材を求めたベルドルッチと、脱共産化に舵を切り経済開放政策へと進み始めた中国が本作で交わり、アカデミー賞を制覇したこともあって世界が中国へと視線が集まったものの、その後の経済開放と民主化が合致しないことを知らしめた天安門事件を目の当たりにすることも含めて、中国へと関心がより深まったことで大変重要な映画だったと思い返します。

まぁ、そんなこじ付けよりも冒頭の言葉の方が印象深いような。
キネマ旬報で当時、蓮實重彦先生が溝口健二監督をテーマに淀川長治先生と語り合った対談の中で発せられた言葉で、キネ旬を貪るように読んでた頃だけに、なるほど映画というのは映画の積み重ねによってより深く知っていくことができるのか、という意味で解釈したと思うのですが、その後はロクに溝口健二監督を観てないので何がオマージュなのか今もわからない有様です。

予断ですが赤川次郎先生のお父さんはかの満映こと満洲映画協会で脚本の仕事ををしていたそう。
そして敗戦の報を受けて自殺した満洲映画協会理事長のかの甘粕正彦を最初に発見した方。
だから『ラストエンペラー』の甘粕に扮した坂本龍一が自殺直後に赤川次郎先生のお父さんが駆けつけたのか、
などと満州に関する本や映画で『ラストエンペラー』の場面を思い出したりすることが多々ありました。

今回の訃報を受けてベルドルッチを“映画のラストエンペラー”と見出しをつけた新聞もありましたが、言い得て妙に思いましたがお疲れ様でした。

件名は『シェルタリング・スカイ』を絶賛していた淀川先生が、当時この映画についてこんな風に語ってたのも印象に残ってます。

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