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長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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大杉漣主演 『教誨師』



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↑こちらの続きで映画『教誨師』で大杉漣さんは教誨師としてまだ半年しか活動をしてない牧師を演じていました。
てっきり実際の漣さんと重なるベテランの教誨師なのかと観る前は思っていましたが、
そうではなく最初の方のシーンはまだ教誨師として右も左もよくわからず,
死刑囚と対峙しても聖書の教えを通り一辺倒で話すような頼りなさを伺わせていました。

シネ・ウインド初日には五頭岳夫さんの他に新潟刑務所で教誨師をしているという浄土真宗の僧侶の方のお話もあり、
自身の経験から漣さんは最初はキリスト教の教えばかり話しているが月日が経つにつれて次第に人間として向き合っていく旨を指摘されなるほどと頷いてました。

何しろ死刑囚という手ごわい相手ばかりなので、すべての言葉を受けとめるというのは大変な仕事(ほぼボランティアだそうですが)に映る中で五頭さんが扮したホームレスの死刑囚に対しては赤ちゃんに言葉を教えるかのように接しながら、月日が経つうちに敬虔なクリスチャンとして目覚めていく様を通して教誨師としての喜びと遣り甲斐を全身で演じていました。

担当者は『教誨師』の中で最も感動したのが、漣さんはベテランの大物と呼ばれる存在になりながらも、人間として大きく成長していく役を演じていたことでした。
本当に素晴らしかったです。

あともうひとつ印象に残ったのがラストシーン。

「日常に帰って行くラストシーンは開放的な感じを出そうと思いました。」

山田達也撮影監督がパンフレットに書いてありましたが、担当者はそれと真逆のように受け取りました。

大抵の映画は終わって黒幕の中をエンドタイトルが流れていますが、

以下、ネタバレ含みます。

本作は漣さんがスクリーンの中から客席のこちらを向いてから振り返って、
先方へまるで蜃気楼の中に、というか正直に思ったのは黄泉の国へとこちらに背中を向けて歩いていくような印象を持ちました。

「これが遺作でもいいな」

撮影を通して映画の手応えを感じたのか漣さんは冗談でこんなことを漏らしてたそうですが、あのスクリーンの中からこちらを向いてたのは観客との別れの挨拶のように受け取りとても印象深く残りました。

息苦しい密室から解放された屋外のシーンに筈なのに、漣さんは何かしらの罪を背負って黄泉の国へと歩いていくような。
こんなことを感じること自体失礼なのは重々承知、漣さんは本作の後も『被爆ピアノ』はじめたくさんのオファーを抱えてたし、プロデューサーとしても手応えを感じたであろうから、また企画を立ち上げていたと思います。
それらをわかったうえでそんなことを感じていました。

ちなみに画像のポスターを撮影しようとしたら観終わったばかりのお客さんがまじまじとポスターを見てて
「あのおばちゃんが烏丸せつ子とは気づかなかった」

クラリオンガール、『四季・奈津子』は今は昔の話になったのか、
どう見てもまるで上沼恵美子女帝がモデルのような関西のおばちゃんを演じており、
お客さんが「気づかなかった」というのは女優として最高の褒め言葉ではないかと。

ただ五頭さんのようなベテランから演劇界の俊英、淵に立ってた人、漣さんの人脈なのか同じく現場者と多彩な死刑囚が揃った中に一人、ただ監督の自主映画に出てたことはあったけど、普段はサラリーマンとまさに素人に毛の生えたような人が漣さん相手に演技を披露していたと後で知り、漣さんが受けてたとはいえ凄い人がいるもんだと感心しました。

漣さんが亡くなったのが今年の二月。
早くも今年が終わる前に漣さんを思い出しながら観ておりました。
以上、陳腐なことを書きましたが漣さんはこれからもスクリーンの中で生き続けているだろうと。

『教誨師』公式HP http://kyoukaishi-movie.com/

シネ・ウインド、高田世界館ともに12月28日まで公開のようです。
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