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長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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映画監督 中島貞夫 大川博と近衛十四郎を語る

にいがたの映画人チラシ1

現在、にいがた文化の記憶館にて『にいがたの映画人』と題して東映の創業者で初代社長の旧中之口村出身・大川博氏を中心にした展覧会が開催されています。

http://nmmc.jp/exb/3276

それに合わせて今年新作『多十郎殉愛記』を発表し、現役最長老の中島貞夫監督をお招きして「映画監督 中島貞夫 大川博を語る座談会」が開かれたので足を運びました。
東大を卒業して東映に入社、京都撮影所というこれ以上ない現場で下積みを経て助監督から監督に昇格後、
ヒット作を連打、当然のように大川博社長とも親交がありエピソードの数々が語られましたが
印象に残ったのは大川社長は故郷・新潟を想う気持ちがとても強く、
中でも撮影所に当時金の卵と呼ばれていた中学校を卒業したばかりの新社会人を多数、それも皆新潟出身ばかり採用し、
採用された若者も社長の恩に報いようと頑張っていた、というエピソードが残りました。
大川社長は鉄道省から財界で辣腕をふるった後に映画などというヤクザ家業に身を投じて、
割とシビアな経営感覚を持っていたようですが、
それでも故郷の後輩の若者たちに就職の機会を与えてたというのは印象に残りました。

それと新潟での座談会ということで新潟が生んだ最大の東映のスター、長岡出身の剣豪・近衛十四郎について、
「迫力ある剣さばきで刀を持ったら凄かった。しかし東映では時代が五年遅かった」
という趣旨で話し、東映が時代劇がやや下火になった頃に遅咲きで近衛十四郎が東映の看板スターになったことを嘆いてたと受け取りました。
そして自分が話すよりはと時代劇について著名人の証言を集めた自作のドキュメンタリー『時代劇は死なず ちゃんばら美学考』の中から松方弘樹が父親について語る貴重なインタビューを紹介。
この後で病に倒れたそうなので、おそらく元気なころの最後の姿だと思うのですが、
身振り手振りを交えて子どもの頃に『座頭市 血煙り街道』の現場を見学した際、
映画では引き分けだったけど実際は現場で勝新を圧倒してたことを証言、
あの映画を撮影中、「勝新をいじめてくる」と言って家を出てった話は有名でしたが、
実際現場を見ていたのかと初めて知りました。

余談になりますが『座頭市 血煙り街道』のクライマックス、座頭市VS近衛十四郎はチャンバラ映画史に残る激闘で
https://www.youtube.com/watch?v=OnRFVrQSb1E
これについてあの谷垣健治監督が綿密に解説しており
https://historica-kyoto.com/report/focus/%E3%80%8C%E5%BA%A7%E9%A0%AD%E5%B8%82-%E8%A1%80%E7%85%99%E3%82%8A%E8%A1%97%E9%81%93%E3%80%8D%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF/
アクション指導として参加した『 SPL/狼よ静かに死ね』の路地裏でのドニー・イェンVSウー・ジンの名勝負の参考にしたという件にオオーッとなりました。

話を戻して松方弘樹さんのインタビューを紹介した後に、この時に『多十郎殉愛記』に出演し大立ち回りを演じてくれないかと誘ったら、ぜひと返事をいただいたものの、それが叶わなかったのはこの場にいた満席の聴講者が思ったことではないかと。
このお二人で数多くの活劇を発表してるだけに、実現したらお二人の集大成になったのではと。

とはいえ担当者は大川博東映社長というと以前上映した長岡ロケ映画『故郷は緑なりき』は、
主演の佐久間良子さんが原作を読みぜひ映画化したいと大川博社長に直談判したそうで実現した企画、
原作が九州なのになぜ映画は長岡なのか、やはりそれは大川博社長が新潟出身ということが大きくあるのか、
ずっと気になっていたので、少しでも掴めればと思ってて
質問コーナーがあれば『故郷は緑なりき』の村山新治監督も東映一筋なので何か接点があったか
聞いてみたかったのですが、そんな雰囲気はなく昔なら空気も読めず挙手してたものの
今回どうしようかと思っていましたが、この日の中島監督は幾分耳が遠くなってたとはいえ、
饒舌に語りまくり、もちろんそれで満足していくうちに時間切れとなりました。
現役最長老監督のお話を聞けただけで良かったです。

ちなみににいがた文化の記憶館には東映チャンバラ映画の貴重なポスターが多数飾られていましたが、
同行していただいたにいがた映像ギャラリーの長谷川代表はそれらのポスターを瞬時に見分け、
封切り時のポスターもあるけど多くはローカルポスターと口にしました。
ローカルポスター?それは何かと尋ねたら、
当時、東映に限らずどこの映画会社もいわゆる二番館、それも地方での公開時には
ローカルポスターと呼ばれるポスターを制作、紙質もデザインも封切り時のものよりは劣っているそうで、
長谷川さんクラスになるとすぐさま鑑定し見分けてしまうようでした。

奥深い世界です。


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