FC2ブログ

長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

初めてと最後に目にした大林宣彦監督のこと



http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-2608.html
↑こちらで書いた担当者が初めて大林宣彦監督を目にしたのが
1991年8月9日、長岡NCホールでの講演会。
監督曰く、映画を撮る以外は全国に講演で回ってた頃。

「映画館をつくろうという人たちがいると知ってわくわくしています」
確かこんな前振りで始まったハズで当時、50代だった大林監督は
50代は映画監督が最も脂の乗った映画を撮っていることで、
それでは自分は何をするべきかと考えたら偉大な先人である黒澤明監督に学ぼうという意味で
『夢』のメイキングを撮影することで、この巨匠の現場を学ぼうと。

「サミー、あなたがいるから私はここにいる」
とサミーデイビス・ジュニアに捧げた曲を引き合いに出したマイケル・ジャクソンをなぞって
「黒澤さん、あなたがいるから私はここにいる」と。

普通ならこたつでミカンを食べているようなおじいちゃんが
戦争を伝えたいということで必死になって映画を撮る姿を間近で目にし
中でも黒澤監督の姿の中で「カットの重み」というのを力説。
天候が悪く1週間も撮れなかったシーンをようやく撮れてOKとなり、
あの黒澤監督が涙を流していたのを目にし、
自分も以降、カットを言う前に黒澤監督のことを思い出してカットと言うと。
確かそんなことを覚えています。

そして自身の戦災体験を繋がったハズなのですが、
このエピソードを担当者は数多の大林監督の著作を読んでも1行も触れていないので、
いつしかあれはこちらの思い違い、でもハッキリしてるしと思い、
それから20年以上経って『この空の花』を完成後、
当時お世話になってる毎日新聞長岡支局長が大林監督に取材したいと言うので、
それならこんなエピソードがと、あの日のNCホールで話した強烈なエピソードを伝え、
支局長は直接監督に尋ねたら、実際にあったことだと話したそうで、
それは自身が映画化すべきでは?と問うと思わせぶりに笑っていたと。
たぶん映画化について考えていたのではないか?
だからなおのこと映画化してほしかったと。

ちなみにこの日、楽屋で大林監督を囲む会が開かれて、
主に当時の市民映画館をつくる会のメンバーが参加、担当者も初めて目にする映画監督を前に
「ふたり」の柴山智加さんがとても良かったと監督に話すと、
こちらを向いて丁寧に柴山さんについてお話しいただきたぶん完全にこの時に打ちのめされたはず。

以後、レンタルビデオ屋さんで大林映画をたくさん漁って、
著作を読みいつのまにやら大林信者となっていたように思い、
市民映画館をつくる会でもよく大林映画を上映した中で『その日のまえに』は特に印象深く思ったりしています。

とはいえいつしか思うことがあって純粋に大林監督を信望することにどこか違和感を感じ、
感じたこの時点で自分は落伍者だなぁと思いました。

訃報とともに追悼番組が再放送という形で3本のドキュメンタリーをNHKで目にして、
ガンに侵されながら凄まじい執念で『花筐』『海辺の映画館』を撮影した様を目にしてやはり圧倒される思いでした。

中でも広島の原爆碑の慰霊する姿を撮影しようと大勢のカメラマンが押しかけて激怒している姿、あれは監督の真骨頂だろうと、市民映画館をつくる会の時に非常識なことをしたら怒ったというエピソードは聞いていたので、監督がよく言う“正気”を全うしたとも言えるんじゃないかと。

「海辺の映画館」初号試写が終わり場内が明るくなった時、最前列で隣にいた監督が大きな声で「皆さん、特にマスコミの皆さん、もう本当のことを言いましょうよ!分かってるんでしょう…本当のことを伝えなくては」と言って振り返った。
今日のやけに青く綺麗な空を見てて、…何故か思い出した。

奥山和由 Okuyama

https://twitter.com/teamokuyama2017/status/1249933911846580224

とはいえ先の二本の番組は↑この大林監督の姿を撮影したであろうに、放映しなかったことで大林監督の真意を伝えた番組だと言えないのでは。

折り目折り目に目の前に現れた大林監督ですが、最後になったのは
高田世界館で『転校生』を上映した際、講演会後の懇親会に参加させていただいた時。

必ず映画の力で世界は平和になるから
http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-702.html

読み返したら自分で恥ずかしくも自画自賛しますが感動を覚え、
4月11日の『海辺の映画館』公開初日には監督は舞台挨拶に登壇を予定してたものの、
延期となってしまい落胆、奇しくもその日に旅立たれましたが、
この新型ウイルスで蔓延する空気について監督のメッセージを聞きたかったです。
いづれにしても大林監督は戦争へと赴くような空気に楔を打ち警鐘を鳴らしてきた戦時中を生きた映画監督、
その楔が外れてしまったという思いが今はとても強いです。

画像は先に書いた高田での懇親会で監督と同行してもらったCさんとのツーショット。
担当者が撮影しながら、こちらが嫉妬するほど素晴らしいこれぞ大林監督という笑顔でありました。
スポンサーサイト



| 未分類 | 06:07 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/2612-ed03bc08

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT