fc2ブログ

長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

日本のいちばん長い日



半藤一利さんが死去
90歳 昭和史研究、戦争体験の語り部
2021/01/13 10:27
 
「日本のいちばん長い日」などの著作で知られ、日本近現代史の「歴史探偵」を自任した作家の半藤一利(はんどう・かずとし)さんが12日午後、東京都世田谷区の自宅で倒れているのが見つかり、死亡が確認された。関係者への取材で分かった。90歳。東京都出身。

 東京の下町で生まれ育ち、14歳の時に東京大空襲を体験。父親の郷里である新潟県長岡市に一家で疎開し終戦を迎えた。旧制長岡中学(現長岡高校)を卒業し、東京大を卒業後の1953年、文芸春秋に入社。「週刊文春」「文芸春秋」編集長などを歴任し、94年から著述に専念した。長岡市の「米百俵賞」の選考委員長も務めた。

 編集者として駆け出しのころ、坂口安吾らを担当し、社内で勉強会を主宰するなど歴史研究に開眼。終戦時の政府、軍部関係者を集めた座談会を雑誌「文芸春秋」の記事にまとめ、65年に「大宅壮一編」の単行本「日本のいちばん長い日」として出版。95年には「決定版」が刊行された。67年と2015年の2回にわたり映画化もされて話題を呼んだ。

 他の代表作に98年の「ノモンハンの夏」(山本七平賞)、04年から刊行した「昭和史」シリーズ(毎日出版文化賞特別賞)などがある。妻の末利子さんが夏目漱石の孫という縁もあり、92年のエッセー「漱石先生ぞな、もし」で新田次郎文学賞も受けた。15年に菊池寛賞。

 戦争体験の語り部としても活動。著作などを通じ、史実に基づき憲法9条と平和の大切さを次世代に説き続けた。

https://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20210113592784.html

半藤一利氏の訃報を知ったものの、恥ずかしながら一冊も著作を読んでおらず、
辛うじて代表作が映画化された『日本のいちばん長い日』の岡本喜八監督版を、
あれは確か終戦の日にあわせてアルカディアで見附の映画サークルが開いた上映会に
チラシ配りに行き、ついでに観た記憶がありました。

原作は敗戦から20年後に刊行、まだ戦争と地続きと言っていい頃に戦争体験者達に取材を重ねたそうですが、
担当者は現在、三上智恵監督の著作『証言 沖縄スパイ戦史』を読み続けて、
そこで証言する当時の少年兵達はいづれも現在90歳近くになっており、
ますますこうした戦争体験者の生の記録・証言は貴重となっていくんだろうと、
それだけに今回の訃報を知った機会にいづれきちんと読んでおこうと思ったりしました。
歴史を安易に改竄、修正しようとする動きがますます顕著になっていくので。

あと確か小林茂監督が米百俵賞を受賞した際の選考委員が半藤先生だったハズ。
長岡高校の先輩後輩という間柄でもあるので、
半藤先生は小林監督の活躍をとても頼もしく嬉しく思い、
小林監督は半藤先生の先の日報の記事にある
“史実に基づき憲法9条と平和の大切さを次世代に説き続けた。”
という面を受け継いでるように思いますが。

映画『日本のいちばん長い日』ではクーデターを起こした軍部が玉音放送を阻止させようと躍起する場面が、
特に印象に残り、
むろん目的も趣旨も違うとはいえ、
似たことが最近アメリカであったので、
まさかこの時代にこんな事件が起きたことに、あの映画を重ねれば
アメリカは大きな衝撃を受けたことがなぞえるように思いました。
その割には日本での報道は控えめに映りますが。

しかし本筋とズレ記事を書くにあたって長岡高校のwikiに辿り着いたら、
たま出版の社長も卒業生と知って、ちょっと驚きました。
トランプ大統領はヤケになった置き土産にアメリカのUFO関連の資料を公にするなんて話があり、
それはぜひ実現してほしいです。

半藤先生に戻して、宮崎駿監督との対談が「腰ぬけ愛国談義」としてまとめられ、
お互いルーツが長岡にあるお二人が、その点について触れているのか関心もあり、
手始めにこれから読んでみたいと、いづれになりますが。
スポンサーサイト



| 未分類 | 04:52 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/2877-49b0a516

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT