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長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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謎のスペイン人を捜せ!



彼の名前は「ミケル・マルチネス・ミロ」 スペイン人、現在35歳位。
10年位前に小国で某日本画家のアシスタント(カメラマン)をしていたとのこと。
小国にある木喰上人が彫り上げた仁王尊で有名な真福寺でカメラを手に
撮影してる外国人に興味を覚えたバナナカボチャの佐藤さんが声をかけて二人の交流が始まったとのこと。

以後、フィルム代や現像代を提供とパトロンみたいなことをして佐藤さんは支援、
時に長岡花火にも招待し一緒に楽しんだとのこと。
しかしこのスペイン人はアシスタントの期間を終え次の仕事は映画のカメラマンとして日本を離れ台湾へ行くことに。
携帯電話も持てないほどの貧乏を不憫に思った佐藤さんは
「もしも、お金に困ったら、これを売れ」とあげたのがジェイムズ・ブラウンの8㎜フィルム、、、、

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-3634.html
↑こちらに書いた記事、
バナナカボチャの佐藤さんが東京のディスコで働いてたらジェイムズ・ブラウンのコンサートがあり、
JBと佐藤さんは話し、その模様を8㎜カメラに撮影してたという衝撃の発言の顛末を書き、
これを読んだ佐藤さんは面白いけど、あれを読んだ人は妄想に思うと不本意なことを表明、
呼び出しを食らい昼食をご馳走になりながら(ごちそうさまでした)、
撮影した8㎜フィルムを渡した謎のスペイン人について写真を添えて説明してくださいました。

結局、写真も8㎜フィルムも佐藤さんの手元にないことは確かでしたが、
よくよく聞くと8㎜フィルムは佐藤さんとJBの会話の様子だけでなく、
ステージ上のコンサートも撮影、もちろん同時録音の技術がないため、
現像してもJBのソウルフルな歌声は入ってないものの、
それでもおそらくステージを所狭しと駆け巡るJBのパフォーマンスを記録してたのは大変貴重なものではないかと想像。

ただ思ったのはマルチネスは流暢な日本語を話してたとのこと。
おそらく小国以前に日本をあちこちほっつき歩いてたのではないか、
そんなに日本語が堪能なら食いっぱぐれはしない胆力があるだろう、
だからJBの8㎜フィルムなど渡さなくても良かったのではなかろうかと。
まぁ、困ってると見れば一肌脱ぐのが佐藤さんの男気なのはよくわかりますが。

しかしマルチネスが映画のカメラマンの仕事で台湾へ、
というのを興味深く思っのはかの著名な撮影監督が思い浮かんだからで、
シドニー出身で船乗りとして世界を放浪、
台湾へと辿り着き後の巨匠となるエドワード・ヤンの監督デビュー作『海辺の一日』で撮影監督に抜擢、
以後、監督ウォン・カーウァイとのコラボをはじめアジアを席巻後にハリウッドにまで進出した、
“無敵の放浪者”ことクリストファー・ドイルももしかしら若き日はマルチネスのような感じだったのでは。
いづれ出世したマルチネスが恩返しに佐藤さんの前に現れるかもと笑いあっておりました。

ところでこのマルチネスの小国時代を知る人の中に担当者もよく知ってる人物が。
長岡造形大学のビューラ先生で、電話をしたら覚えてるけど二回ぐらいしか会ってないとのこと。
当時、なぜかマルチネスは造形大に出没してたとのこと。

「バナナカボチャの佐藤さんがディスコで働いてたらジェイムズ・ブラウンがやってきて、、、」
「小国にディスコがあったのか?」

ことの顛末を話したものの、やはり佐藤さんとジェイムズ・ブラウンなど突拍子もないので、
自分でも何を話してるのか理解しがたくなるほど。

ビューラ先生は震災前に二回くらいしか会ってないとのこと。
自分より学生さんと一緒になって何かをやっていた模様、
やがて手元のパソコンを操作し「見つけた!」とひとこと。
当時、マルチネスと何度かメールでやりとりしていたそうで、
そのメルアドを見つけた!とのこと。
これでマルチネスにフィルムは今も手元にあるのか、
ビューラ先生から聞けるのではなかろうか?
そもそも今も映画の仕事などやっているのか?

この件つづく、のか?
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