長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

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まるで『ニューシネマパラダイス』のような 証言7

おおはしさん

エキストラは私が集めてたんですよ。 証言4
http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-664.html
↑こちらの柏崎で当時、「故郷は緑なりき」のエキストラを集めてたという大橋さんのお話を伺いに
柏崎のカフェ、えとせとらまで会いに行きました。
話を聞いててとても驚いたのはエキストラを集めてたばかりか、
当時「故郷は緑なりき」の映写をしていたという映写技師さんでした。

「15歳のころに八百屋の小僧をやってたんだけど、
近所に映画館があって次第に入り浸って、
いつの間にかもぎりの人から支配人とも仲良くなって
そのまま居候で映画館で働き始めた。
16歳の時に映写技師の資格を取り
もぎり、ポスター貼りにまわったりフィルムを受け取りに列車で東京まで行っていたよ
あとまだ公開前の作品を警察官の隣で映写してて、
警察官がダメと判断したシーンのフィルムをカットしたりもしてた」

当時、長岡に柴田観光という長岡の人たちには馴染み深い大きな劇場があり、
その系列の映画館が柏崎にはなんと三つもあり。
文化劇場、スカラ座、東映、大橋さんはそのうち文化劇場で働いてたそう。
今ではめずらしい映写技師の資格免許証を見せていただきながらお話を。
そしてこの頃の長岡ロケ映画の撮影隊はやはり柴田観光が面倒を見ており。
大橋さんもいわば会社命令で「故郷は緑なりき」のエキストラ集めに関わった。

「エキストラ集めは簡単だったよ、
実は僕は女性にもててねぇ~」
“女性に”ではなく“女性たちに”もててた大橋さんのその理由とエキストラ集めが繋がるのは
ここに書いていいものかどうか、とりあえず今回は割愛。
いづれにせよ映画黄金期のエピソードとして聞いてて本当に楽しかったです。

現在、えとせとらのご協力いただき大橋さんが撮影した「故郷は緑なりき」の
柏崎駅での貴重な撮影風景がこちらで展示されています。
興味深いのは佐久間良子さんは黒のハイソックスの下に下駄を履いてること。
これは相手役の水木襄さんとのバランスを得るためのいわゆる“セッシュー”なんだろうかと。
そして撮影風景に写る映画スターと活動屋の熱気、
もちろん小柄で可憐な佐久間良子さんの美しさにしばし見とれていました。

「でも自分は佐久間良子より若尾文子が好きだったんだよなぁ」
と大橋さん。

そんな大橋さんのつきせぬ話をえとせとらのママさんと聞いてて顔を見合わせ同じことを思ってました。
「まるで『ニューシネマパラダイス』のよう」
現在のシネコン全盛ではあまり聞かないと思いますが、
映画黄金期にイタリアだけでなく日本全国、否、世界中の映画館でおそらくトト少年とアルフレードの物語は実在したのだと思いました。
ホント聞いてて楽しかったです。

そしてこんな話はぜひ新潟県内の映画館の記録を集めにまわっていた
亡くなったNさんにも聞いてほしかったと。
http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/blog-entry-197.html

もちろん上映会当日にこの写真を展示したいと思ってますが、
その前にも長岡でスペースを借りて開けないかと思っています。

「市立劇場の映写機を見せてくれないかな」
大橋さんの希望はもちろん快諾、
トト少年は映画監督になりましたが大橋さんは現在、内装関係の会社の経営者しながら、
忙しい現場を毎日飛び回ってるようです。

「故郷は緑なりき」公開時は大橋さん24歳の時。
いわば大橋さんにとっても青春時代の思い出の映画。
画像はなんと「故郷は緑なりき」の看板を背にした当時の大橋さんで映画館はもちろん文化劇場!

映画上映活動など一文の得にもならんと思うことは多々ありますが、
それでも報われるのはこんな話を聞くことがあるからではなかろうかと。
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