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村山新治監督

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村山 新治(むらやま しんじ、1922年7月10日 - )は、日本の映画監督。長野県千曲市(旧埴科郡屋代町)出身。兄はドキュメンタリー作家の村山英治。

1941年に長野工業卒業後、記録映画の助監督を経て、1949年に東映の前身である太泉映画入社。今井正らの助監督を務めた後、1956年に東映教育映画部の『わんぱく時代』で監督デビュー。1957年の『警視庁物語 上野発五時三十五分』で一般映画も監督するようになる [1]。その後も『警視庁物語』シリーズをはじめとしたセミ・ドキュメンタリー的な作品を多く手がけた。

§来歴・人物
1970年代以降は主にテレビドラマ演出に活躍の場を移し、『特捜最前線』や一連の東映不思議コメディーシリーズなどの監督を長年にわたって務めた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%B1%E6%96%B0%E6%B2%BB
「故郷は緑なりき」の村山新治監督はwikiでこのように紹介された後、フィルモグラフィが並んでいます。

東映のプログラムピクチャーの職人監督として手堅い演出で次から次へ企画を映画化していったようで、
「故郷は緑なりき」が公開された1961年には他にも二本監督。
というか監督デビューした57年から60年代は、ほぼ毎年3本以上は監督作を発表。

当時の人気シリーズらしい「警視庁物語」は多分、その後のテレビの刑事ドラマに影響を与えたのではないかと想像しますが、プログラムピクチャーとはいえ主演者を見ると
「霧の港の赤い花」は鶴田浩二、「東京アンタッチャブル」は高倉健さん、「海軍」は北大路欣也 、「遊侠三代」は梅宮辰夫、「日本悪人伝」は若山富三郎、そして「実録飛車角 狼どもの仁義」では菅原文太兄ィと男臭いタイトルとともに東映の看板スターを網羅するように監督作が並んでいます。
このうち梅宮辰夫と特に気が合ったようで何本か主演作を手がけてますが、気になったのが「(秘)トルコ風呂」というキワモノめいたタイトルの作品。とはいえヒロインが大原麗子というのが興味をそそりました。

あとこのフィルモグラフィを眺めてもほとんどが聞いたことない作品の中で「無法松の一生」はサスガに知っていましたが阪東妻三郎版が好評で三船敏郎、三國連太郎、勝新太郎と何度も映画化された本作を村山監督は三國連太郎版を演出していたのかと。
「故郷は緑なりき」では三國連太郎は若い二人の熱愛に理解を示しながらも、恋路の行方を諭す高校教師を演じていましたが、とても立派な人格者として、おそらく当時の模範となる高校教師とはあんな感じではないかと“怪優”のかけらもないのが逆に“怪優”ぶりを見せ付けたようで観客の視線を集めたように思います。
「故郷は緑なりき」の前に「七つの弾丸」「白い粉の恐怖」とタイトルからしてソソられる作品を三國連太郎主演で撮っていたので、この“怪優”とも気が合ったのかもしれません。

そして佐久間良子さんとは「故郷は緑なりき」の後に再び佐久間、水木コンビの「純愛物語 草の実 」、新藤兼人脚本「肉体の盛装」、何度もテレビドラマ化された「孤独の賭け」、仲代達也競演の「旅路」と男臭い作品が並ぶ中で佐久間さんとはそれぞれ毛色の違う女性映画を手がけてたようです。

70年代には映画と入れ違いにテレビドラマに軸足を置き「刑事くん」「夜明けの刑事」「特捜最前線」といった刑事ドラマは子どもの頃に見ていた記憶があるので、映画よりもドラマで村山監督作に触れていたのかと思いました。
さらにその後、まるっきり畑違いといえる「魔法少女ちゅうかなぱいぱい!」「美少女仮面ポワトリン」などを手がけてたとなると、その守備範囲の広さは畏敬の念を覚えてしまうほどでした。

長岡がらみでいうと「海にかける虹〜山本五十六と日本海軍」という山本五十六主人公のテレビドラマも演出に参加、この作品は山本五十六が古谷一行というのが、ん?と思いましたが新藤兼人が脚本に参加してるとなると侮れないように思いました。

「故郷は緑なりき」では以前にも書きましたが佐久間良子さんが初登場する列車のシーン。
水木襄扮する海彦と同じく観客も彼女に瞬時に恋に落ちるシーン、
そして二人がはじめてくちづけを交わす胸の高まりが伝わるシーンを観ると、
職人の枠に留まらない映画作家としての格を感じましたが、
なかなか日本映画黄金期を下から支えていたような映画監督はインタビュー取材などの資料は残っていないと思うので、
先の東映の看板スターの主演作を手がけていただけに、村山監督のインタビューがあればとても貴重だと思うのですが。
高田で大林監督にお会いした際に「故郷は緑なりき」のチラシを渡したところ村山監督の名前を目にして
「腕のある監督ですよ」と話していました。

村山監督は1922年生まれで現在93歳でご健在のようです。
どなたか「故郷は緑なりき」を長岡で上映し、お客様は大変喜んでいたとをお伝えいただきたいと望みます。
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| 未分類 | 13:09 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

「故郷は緑なりき」よかったですよ。ただ湿っぽいラストは、
ちょっといただけなかったかな~。村山新治監督は、東映のヒットメーカーといわれた方々(深作、石井、中島、鈴木監督)と比べれば、可もなく不可もない作品群ばかりだけど、幅広いジャンルの作品を撮っているだけに定評があった監督といっていいでしょうか・・・。村山監督の演出は、すべてにおいて俳優任せなんですよ。監督は演出にはあまり首を突っ込まないんですね。ですから逆に俳優は大変だったらしいです。ですから自分が上手く芝居ができていなくても役者任せですから、プレッシャーも相当なものだったらしいです。

| 純 | 2015/03/27 20:00 | URL |

Re: タイトルなし

純様

コメントありがとうございます。
本作で村山監督作をはじめて観ましたが、
全編にわたって流れる独白も最近こんな映画ないよなとか、
大胆すぎる省略というのか何も伏線もない唐突なラストも驚いてました。
村山監督のピークの作品なのか他も観て較べてみたいです。

菅野

| 長岡アジア映画祭実行委員会! | 2015/03/29 21:59 | URL |

菅野さま

こちらこそコメントありがとうございます。

本篇がはじまる前に挨拶をなさった方ですよね?

佐久間良子さんと、直に電話で話し合ったとか、
もうそれだけでも凄いことです^^

貴重なお話ありがとうございました。

また、古い映画の上映会がありましたら、観に
行きますので、宜しくお願いします。

| 純 | 2015/03/30 18:23 | URL |

Re: タイトルなし

ありがとうございます。
またよろしくお願いいたします。

よければ村山監督についてこれからも教えてください。

菅野

| 長岡アジア映画祭実行委員会! | 2015/04/01 15:20 | URL |















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