長岡アジア映画祭実行委員会!ブログ

新潟県長岡市で活動します長岡アジア映画祭実行委員会!です。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『1000年の山古志』のひと



山古志闘牛会の松井治二会長が死去
伝統行事「牛の角突き」の再興に尽力

2004年の中越地震で大きな被害を受けた旧山古志村(長岡市)の復興や、伝統行事「牛の角突き」の再興に尽力した山古志闘牛会会長の松井治二さんが19日午前7時8分、胃がんのため長岡市の長岡中央綜合病院で死去した。75歳。旧山古志村出身。通夜は22日午後7時から、告別式は23日午後0時30分から、いずれも長岡市内の自宅で。喪主は妻キミさん。

 農業の機械化などで牛が減り、一度途絶えた角突きの再興を周囲に呼び掛け、1975年の復活につなげた。角突きが78年に国の重要無形民俗文化財に指定される原動力となった。

 中越地震では土砂崩れでせき止められた川の水により、区長を務めた木篭(こごも)集落の住宅が半数以上水没。付近の高台への集団移転を決断した。棚田での農業体験など集落外との交流による地域おこしに力を入れ、地震で再び途絶えた角突きの再開にも尽力した。

 2011年に発生した東日本大震災の被災者とも交流し、復興の歩みを伝えるなどした。

【社会】
2015/08/19 13:55

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20150819200158.html

「第14回長岡アジア映画祭」で上映した「1000年の山古志」の中で
中越地震で被災した山古志で復興に勤しむ人々の象徴のような形で登場していた
山古志闘牛会の松井治二会長の訃報を知りました。

担当者は映像会社の下請けで三脚持ちの仕事をしていたことがあり、
中越地震から数年のある日、どこかの放送局が一日、山古志の復興に尽力する松井さんを追っかけるという取材に同行し、
当初はこの松井さんが何者なのかよくわからずにいたのですが、
取材を通してみててこの人が山古志全般に顔の利く名士なんだと次第に知っていきました。
朴訥とした物静かな印象ですが、会議の時は出席者全てが松井さんに意見を求めているのを端から見ていて
只ならぬものを感じていました。

「100年の山古志」の白眉に震災で水没した自宅を訪れ無念の表情とともに、
復興への只ならぬ思いをその姿から感じていましたが、
おそらく橋本信一監督は松井さんの姿に山古志を重ねてみていたのではと思います。

その後、原田裕司監督に山古志で撮影する「冬のアルパカ」という短編映画を作っていただく際に、
シナハンで山古志をご案内した時に闘牛場にてばったりと松井さんと出くわしました。
山古志の名士という認識を持っていたのでいづれ挨拶に伺わなければと思っていましたが、
これ幸いと今度映画を撮る旨を伝えご協力を依頼しました。
その時に松井さんからいただいた名刺は地震で水没した自宅の写真が刷られていたのですが、
その名刺は大林宣彦監督「この空の花 長岡花火物語」に登場しています。

「冬のアルパカ」は2012年の冬に一週間にわたって山古志で泊まり込みして撮影をしました。
劇中のラスト近く登場するトラックは松井さんが組合長を務める牛の飼育組合からお借りしたものです。
陰から撮影を見守っていたと思うので、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

「1000年の山古志」公式HP http://www.cinemanest.com/yamakoshi/index.html
スポンサーサイト

| 未分類 | 06:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://nagaokatsukurukai.blog.fc2.com/tb.php/867-3e088961

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT